アイデアは、実現しなければ、夢と幻想を混同させる「負」である。
アイデアを自分の中に密かに貯める人がいますが、そのアイデアはどうせくだらないものでお金にはなりません。
なぜなら、アイデアを隠す人は、そのアイデアを誰かに話してしまうと、その誰かに先にやられてしまうのではないかという恐怖感があるからです。
だとすれば、そのアイデアは、誰でもできること。
ということは、かなりの確率で大したことではないことです。
実現するために動けば、それがすぐに「幻想」だとわかるのに、密かに貯めていると、いつかこれでイケるのではないか?と、そのアイデアに執着して、結局時間をかけた結果歩み出した時にはじめて、それが間違いだと気付くことになります。
夢と幻想は紙一重。その紙1枚の差は、すぐに動くか動かないかです。
期待感とは、センスと行動力が融合された状態のことである
「期待感」は人生にとってとても重要なもので、自分に対するこれがゼロになった時というのは、人生が止まる(人生を止める)ほどの事になってもおかしくないほどだと言えます。
それほどに重要な期待感という言葉を分解すると、センスと行動力ではないかと思います。
行動力だけがあっても、何をしていいのか分からなければダメですし、センスがあっても動かなければ何も始まらない。
逆にこの2つがあれば、人生はかなり愉しく過ごしていけるわけです。
また、このように「自分なりの公式(数式)」を作るのも非常に重要なことです。
「期待感=センス×行動力」だとすれば、天才とは何か?成功とは何か?お金とは何か?なんでも良いので、それを数式になるまで分解してみて下さい。
あなたの行動が明確になります。
世の中には3つの仕事がある。 それは、1.やらなければいけないこと 2.出来ること 3.やりたいことである。そして、その難易度は1から3に向かって上がっていく
この言葉は「そのまま」です。
1点注意すべきは、難易度を認識しておくことです。
やらなければいけないことは社会から求められていることで、それを通してできるようになったことも同じく。
しかし、やりたいことだけは社会から求められているとは限らず、それを社会が欲するような切り口で切って、食べやすい大きさに切る必要があります。
そのセンスがなければ、やりたいことはひとりよがりとなり、そのセンスがあれば、そのビジネスはブレイクします。
ダ・ヴィンチの作品が美しいのは、その多くが「制作途中」だからである
これは難しい言葉です。
実際にその感覚を持った事がある人にしか永遠にわからない言葉かもしれません。
ダ・ヴィンチのような天才、そして、一部の起業家の中には、現在チャレンジしている難関に対して、自分の中でクリアできていなかった問題が一気に晴れる瞬間があります。
その瞬間に、未完のままでも脳が満足してしまう現象が起こります。
だから、別に完成させる必要がない、となってしまい、製作途中で放置されます。
しかし、それらの天才は、また前人未到の何かに挑戦し、努力を重ね、完成までの絵(道筋)がかけた瞬間に、作品は未完でも脳の中で完成し、そして、次のチャレンジへと進みます。
なので、それらの「需要な課題が解決した瞬間で時計が止まってしまったかのような芸術作品」は、美しさの最大化されるポイントのまま、未完の完成となるため美しいのだと僕は思っています。
たとえば、携帯電話のない時代、燃えるような恋愛の最中に無理矢理、永遠の別れにさせられたとしたら、その恋はあまりにも美しく記憶に残ってしまうとは思いませんか?
ダ・ヴィンチの絵は、それと同じような感覚を見る人に与えます。
大きな何かに対峙したときに何を考え、どう行動するか、それが人格である
たとえば理不尽なこと、大きな失敗、大きな攻撃、最悪の出来事、それらが起こった時に、「何を考えてどう行動するか?」は本当に大事なことです。
応援隊では「ノイズ(=成功者があなたに言う「それは絶対違うだろ?」という言葉など)こそが成長だ」と、常々話していて、隊員の皆さまも「確かにそうだ!」と納得しています。
しかし、本当に自分の目の前に「いやいや、それは絶対違うだろ?」ということが起こった時には、「それだけはちょっと絶対に違うので、私は応援隊を辞めます」などといって辞める人もいます。
受け入れられるノイズなんて、ノイズのうちではありません。
それだけは絶対に受け入れられません!と自信を持って言い切れるものこそがノイズで、そのノイズに対峙した時に、「成功もしていない自分の信念」を頼りにして「逃げる」のか、自分の信念や過去や現状を全て捨てて、無茶苦茶なノイズを無理矢理そのまま受け入れて遙かなる成長を遂げるのか、です。
ノイズに逃げた人が、その後、どんな事業をしようとも、誰と組もうとも、異次元の成功をすることはありません。
受け入れられるノイズを克服したぐらいでは、想像できる成功しか訪れないからです。
そして、その人が手に入れるものは、「自分の出来る範疇で頑張る」という平凡のど真ん中を行く人格です。
人生なんて、何度でも変えられる
逆に言えば、人生は、何度も変えなければ異次元の成功には辿り着かない、です。
自分を変えるなんてたやすいことです。
1回変えただけでは異次元の成功には辿り着かないわけですから、ガンガン自分を変えて行きましょう!
たとえば、転職するときなんかも人生を変えるチャンスです。
しかし、多くの人は人生を変えるのではなく仕事を変えるだけで終わります。
人生を変えるのは内から出るパワーで、仕事を変えるのは外から与えられるパワー。
仕事を変えるというのは、人生を変えるための道具の1つに過ぎません。
どんな些細な事でもいいので、それを利用して人生を何度でも変えるように、毎日を過ごして行きましょう!
八方塞がりになった時こそ、チャンスである
人生が八方塞がりだと感じた時、あなたに進むべき道は2つしか無いことになります。
いや、八方塞がっているのだから、もう道はないはずだと思うかもしれませんし、実際、道はありません。
でも、道はなくても「ハシゴ」はかかっていると思います。
そうです、八方塞がりの時は見渡す限りのすべての道は閉ざされていますが、唯一、「上下」は塞がっていません。
そうです、八方塞がりまで自分を追い込めば、あとは、上に行くか下に行くかです。
八方が塞がってない状態で見つかる道は、あなたを今のステージのまま、新しい方向へと導くだけです。
そうではなくて、確実にステージを1つ上げるために、ぜひ、自分の人生を八方塞がりにしてみて下さい。
そのまま転落してしまう可能性もありますが、1つ上のステージにいけるチャンスもありますから。
社会的意義のあることなら、心も動き、身体も動き、人も動かせる
ということは、あなたのビジネスや日々の行動を、社会的意義につながるまで探求すればいいということです。
たとえば僕の場合は、「冒険家」という名前を名乗っていますが、僕自身は僕の生き方が「落ちこぼれが人生を愉しむためのロールモデル」になればいいなと思って日々の活動を行なっています。
極端に言えば、日本では東大以外は落ちこぼれです。
上を目指せば目指すほど、東大以外ではどうしようもありません。
しかも、東大の中の人からすれば理三以外は落ちこぼれなのかもしれません。
僕はただの公立高校のアホな卒業生で、頑張り始めたのも遅いです。
でも、社会一般から見れば落ちこぼれでも、そして、今まで何も頑張ってなかったとしても、何歳からでも頑張り間違えせずに頑張れば、人生、思ったより愉しく過ごせるんだよと、それを魅せるロールモデルになることが出来れば、僕でも立派に日本に貢献できると信じています。
あなたが今日、それをやっている社会的意義はなんですか?
人は「今」を真剣に生きれば、未来どころか過去の意味さえも変えられる
怒!)馬鹿みたいに「他人と過去は変えられない」とか、そんなくだらない言葉を信じて生きるのは金輪際やめてください。
もちろん、あなたの都合のいいように他人を変えるなんて不可能ですし、くだらない事です。
でも、人を変えられると100%信じていないのなら僕は応援隊を始めませんし継続もしません。
また、もし、自分の過去で悩んでいる人がいるとすれば、過去なんていくらでも変えられますから「今」を真剣に生きてください。
過去がどんなであろうと、今を真剣に生きられている人を馬鹿にする人はいません。
あなたが今を真剣に生きていればあなたの過去はあなた奮い立たせますし、あなたが堕落して今を生きていればあなたの過去はあなたを苦しませ続けます。
要は、過去なんて今次第で、どうにでも変わるのです。
他人も過去も、自分も未来も変えられる。
それが、僕たちの生きている世界です。
想像できることは大概実現できるが、想像もしていなかった成功など、この世にはない
「いやー、想像もしなかったけど、こんなに儲かりましたわー!」という会話を聞いたことがある人は皆無といってもいいぐらい、想像だにしなかった成功というのはないものですが、なぜか、自分にはいつかそんなことがあるのではないかと思っている人は意外と多いものです。
だから、僕たちが日々、行わなければならないことは「想像出来る範囲を広げる」ための行動です。
僕は、インターネットマーケティングのセミナーでもこういうことを話していましたが、今考えてみても、その言葉の意味をしっかり理解してくれた人は殆どいないのではないかと思います。
でも、応援隊が始まって、正規会員の方にお見せしているリアルタイムな異次元の世界は、様の想像できる範囲を広げる役割を果たしていると言い切れます。
リアルに想像さえ出来れば、大概の事は実現出来ます。
だから、今日も想像の範囲を広げられるような1日を過ごしてください。