すぐに予約がとれなければ、行くまでの時間をも愉しめばいい。
もし、予約をとってでも行きたい場所があるのに、そこが予約がいっぱいだからといって他を探すなら、あなたの夢は、全てと言っていいほど叶いません。
予約がいっぱいなら、いっぱいのその次を予約しておいて、今は、それ以外のことをして愉しめばいいのです。
もしくは、それだけに固執しつつも、行けるまでの時間を愉しめばいいだけのことです。
すぐ諦めるクセは、なくしましょう。
夢は、どんなことでも、何としてでも叶えるのです。
ムチには愛が必要だが、愛にムチは必要ない。
愛のムチというのは「お前の為を思って」という建前をつけた、感情のはけ口である場合が100%です。
言ってもわからないから、ムチを与える?
そんなバカな?
言ってもわからないなら、わかるまで行動をして見せればよいのです。
愛のムチなどという、低次元な言葉は生涯使わないほうがいいです。
最高を求めることは、平均以上を求めることより、愉しい。
「前回よりうまくやる」「平均以上にこなす」のは、もうやめましょう。
それはあなたが、サラリーマン=人に時間と労力とお金を搾取される能力を手に入れようとしていることに近しいことです。
平均以上ではなく、最高を求める癖をつければ、あなたの人生は大きく変わっていきます。
お金の勉強をすれば誰でもフェラーリは買える。しかし、フェラーリが似合う品格はお金では買えない。
あなたもフェラーリから降りてきた人を見て、「がっかり」したことがあると思います。
それが、お金しか持ってない人間です。
だから、あなたも、フェラーリを買う前に、それを相応しい品格を身につけなければいけないのです。
お金だけ稼いだところで、馬鹿にされるだけです。
新しい経験は、想像の範囲を膨らませる。
人生で、新しい経験をいくらするかというのは、とても重要な事です。
新しい経験をすれば、想像の範囲が膨らみますし、想像できる範囲が膨らめば、私にも出来そうだと思う範囲が広がり、それが、現実を広げて、人生を豊かにします。
あなたは最近、新しい経験をしましたか?
愛に、以上も以下もない。
おれの方が愛してる。
いえ、私のほうが愛してるわ。
なんていうやりとり、ありますよね。
でも、その多い少ないは決められないんですよ。
なぜなら、
愛は2人が1つになる証だから、そこには、1人1人の愛は存在せずに、大きくなった愛が1つ存在するだけだからです。
たまには、こんな話も、いいでしょ?
日本人はお金を搾取されることに慣れすぎている一方、自ら払うことには抵抗を持っている。
お金はお金を生むために使わなければなりません。
その一方で、お金を生まないものにはできるかぎり使うべきではありません。
にも関わらず、あまりお金のことを深く考えずに人生を過ごしている人が多いと感じます。
あなたは、お金を搾取されすぎてはいませんか?
ヒトリジェンヌ、加藤学。
一人でもないし、ジェンヌでもない、のですが、自分で自分に肩書きをつけてみるのは愉しいもんです。
冒険家と名乗れば、人生はそのとおりになりますし、また他のものを名乗れば、きっとそういう人生になっていきます。
ヒトリジェンヌは、「おひとりさま」向けのサービスを考えていた時に、自分をそう(心の中で)呼んでいたのですが、やっぱりいいアイデアがでましたしね。
あなたの肩書は、なんですか?
問題を通して自分を見ることが出来れば、問題自体の難易度はそう高くないことに気づくだろう。
なにか問題が起こると、その問題ばかりを見つめてため息をつく人がいます。
しかし、問題は、あなたにとって問題なだけで、他の人から見れば大した問題ではありません。
ということは、その「事象」を、自分が何故「問題」だと思っているのか、どこを問題だと思う人間なのか、そこを見つめるべきです。
そうか、おれは、こういうことを問題だと思う人間なのかー。
それは、きっと◯◯だからだなー。
じゃ、なぜ、◯◯を放置してきたのかなー。
それは、きっと□□だからかなー。
などと考えているうちに、今眼の前にある問題は、片付ければいいだけの事象に変わっています。
「知らないこと」が幸せか不幸かは、あなた次第である。
知らないほうがいいこともあるよねー、という会話を聞く度に思うのですが、知らないほうがいいことというのは、基本的に許容範囲を超えている事象のことだと思うので、自分の許容範囲を上げればいいだけの話ですよね。
それに、それぐらいのことを知らないほうがいい人間なら、きっと、人生、これからも愉しくないままだと思うんですが。
知れることは全部知って、その上で、人生を幸せにすりゃーいいだけの話。
「聞かないこと」があなたを幸せにするんじゃない。
あなたの思考だけが、あなたを幸せにするんです。
だから、今日から、今から、すぐなれば、それでいいだけの話です。