思い通りに生きるために最も必要なのは、「自覚」と「行動」。
特に、未来から今の自分を見れば、どうせ現状なんてしょうもない人生なのですから、そのしょうもなさをしっかりと自覚して、そして、超イケてる未来に向かって、今日を行動することが重要です。
今日の加藤学だって、1年後の加藤学が見ればしょうもないやつです。
きっと、今日の様も1年後の様が見れば、しょうもないやつですよ。
未来の自分を追い抜くイメージで、もっともっと頑張りましょう!!!!!
幸せを探すのをやめた瞬間、あなたは幸せになれる。
わざわざこんな言葉を書く必要があったかな?と、書き換えようと思った言葉ですが、でも、幸せを探している人もいるかもしれないと思いとどまってこのまま掲載する言葉です。
でもそれぐらい、幸せなんてどうでもいい言葉なんです。
日本のように「幸せ」という現象を、長期間の普遍的な時間軸で捉える国は世界でも稀で、「今、愉しい!」「今、悲しい!」「今、腹が立つ!」「今、嬉しい!」で、なぜダメなのか僕にはわかりません。
この言葉を書いた時の意味としては、幸せを探すのを辞めれば、幸せがやってくるという意味ではなく、幸せなんて実際にはそんな状態無いのだから、ネッシーやカッパを探して死ぬまで見つからないのと一緒で、幸せ探しをやめたら他のことで愉しくなりますよ!という意味です。
未来の幸せ、今ある小さな幸せ、そんなものどうでもいいから今日を愉しみましょう!
世の中のためになることをやっていれば、必ず評価してくれる人がどこかにいる。
なにか世の中のためになることをやろうと動いてみても、すぐには大きな成果がでないため、辞めてしまう人がいます。
しかし、世の中のために何かをやる場合は、とにかく続けてやることが重要です。
なぜなら、そういう動きを評価してくれる人は、継続しているという事実を一緒に評価する人種だからです。
また、利益創出型の社会貢献活動は時代の流れですので、スタートするのはとてもいいと感じます。
逆に自分のビジネスを社会貢献型にしてみることもいいと思います。
誰かを輝かせれば、凡人を脱出できる。
これはただの僕の経験則です。
僕はたまたまコンサルティング会社を経営していましたが、そこで誰かの会社やビジネス、そしてその社長自身、を輝かせれば輝かせるほど、第三者からの称賛が生まれ、まずは凡人を脱出していくことが出来ました。
輝く人も重要ですが、輝かせる人も重要。
そして、順番的には、輝かせる人になってから、輝く人になるのが、基本じゃないかと、僕は思います。
人は、自分が何をしようとしているのか、意外と分かっていない。
・挨拶をしない
・友達にしか笑顔は見せない
・過去を活かそうとする
・今日もラーメンを食べる
・家だからジャージでいい
・ゴミ箱は汚くてもいい
・しょうがない、で、済ます・・・、などなど。
それが、どんな自分、どんな未来を創るか、考えずに行動していますが、日常には、自分に「私はしょうもない人間です」とレッテルを貼るための罠がたくさん潜んでいます。
ぜひ、流されずに、毎分毎秒、素敵な自分、明るい未来、を創って下さい!
成功していない人は成功していない人の話に共感する。
たとえば、日本にはびこるブラック企業。
多くの世論は、ブラック企業は過度な搾取をする極悪な組織だという見解ですが、成功している人間は成功している人間の観点で物事を見ています。
この例の場合でいえば、成功者なら「頑張るチャンスをあげることが、チャンスを掴める素晴らしい企業であり、普通の人の”頑張る”を超えた頑張りを自らするものだけが、そして、その事自体をなんて素晴らしい経験なんだ!と楽しんでやれる人間だけが、真に豊かな人生を過ごせるのである」と考えるでしょう。
どちらに共感しようと「間違い」なんてありません。
そして、どちらがいい人生ということもありません。
しかし、僕は成功者が言うように生きてきたことだけは間違いありません。
創業期の会社の価値は対外的な誰かが決めるのではない。自分の心と行動が決めるのだ。
会社が、「企業」になるのか「会社」になるのか「商売」になるのか「ままごと」になるのかは、実は創業期にほぼ確定します。
そして、その確定要因は、何をしているかではなく、そして誰としているかでもなく、「社長であるあなたの心と行動」だけで決まります。
ワンルームマンションで創業しても心と行動が一流ならば、何も恥ずべきことのない伝説のはじまりです。
あなたさえ覚悟を決めれば、その瞬間にあなたの会社の価値は高まります。
夢の大きさは努力の大きさと、割と比例する。
大きな夢を持とうとしても、どうしても描き切れないという人がいますが、多くの場合、そういう人は、あまり努力をしたことがないように僕には見えます。
また、なにか大きな夢はないの?と聞いて、「宇宙旅行」と答える人は、夢について真剣に考えたこともなく、まともな努力もしたことがない場合が多く、僕は、そういう人とは友だちになることも一緒に仕事をすることもありません。
やっぱり、現実的な夢の大きさというのは、努力の量に割りと比例すると、僕は思います。
主観では見えないものが、自分の愉しみの余白である
この500日メールの返信でも「今日の言葉の意味は、まだ私にはわかりません・・・。」と肩を落としたような返信がたまに返ってきますが、それこそが、僕の言う、「主観では見えない愉しみの余白」です。
特に、異次元の世界の思考についてわからないことが出てきた場合には、それは、あなたの人生がさらに数段愉しくなる前触れですので、ぜひ、わからないことにワクワクしてください!そうなれば、あなたの人生の大半は、わくわくで素晴らしいものとなります。
誰でも考え付きそうなことも、誰でも使えるレベルまで落とし込めるのは、意外と限られた人だけである
たとえば、誰でも考えつく「チューブ付きの歯ブラシ」を、 様 は、ちゃんと作れますか?
多くの人は、「こんなの売れるんじゃない???」と、自分の期待に胸を膨らませますが、いざ、それをつくろうとすると、その現実の問題の大きさに、すぐに諦めます。
ということは?です。
アイデアが出し尽くされた感のあるチューブ付きの歯ブラシだって、今まで誰も成し遂げてないクオリティで商品化すれば、まだまだ全然売れる余地があるということです。
限られた人になれば、アイデアは、意外と凡人レベルでもなんとかなるものです!